空間を身体化する男、山川冬樹

空間を身体化する男、山川冬樹

照明の全て落ちたホールの中で、心臓の鼓動音とシンクロしながら無数に配置された電球がその鼓動の強さに応じて瞬く。

ステージの中央には上半身裸で、腰ま でもある黒く長い髪をなびかせた山川冬樹が厳かに立っている。

そんな幻想的な視覚情報が充満している空間に、心臓の鼓動音とともに山川冬樹氏のホーメイと 呼ばれるある種神秘性を帯びた非常に低い声と、耳を劈くような甲高い声が同時進行で鳴り響く。

人間の生と死を否応にも感じさせ、いやむしろ生と死に関する 何らかの情報が、観賞していた私の肉体そのものに入り込んできたというべきだろうか。未だに上手く言葉に置き換えられない非常に衝撃的な感情を抱いた。

山川冬樹を形容する言葉は彼自身が述べていたように2つある。

それはホーメイ歌手パフォーマンス アーティストだ。

どういった呼び方をされるにせよ、山川氏が何であるかを決定付けるのはホーメイと呼ばれる独特の歌唱法である。私は今 回初めてホーメイという歌を聴いたのだが、以下に山川氏が説明されたホーメイについて書き記してみたい。

ホーメイとは?

人間の声は倍音である。
非常に簡略していうと、人間の声というのは、耳で聞いていても分からないが、様々な周波数の音の集合体なのだ。つまり色々な音が集まってできている。

その倍音を自らコントロールし強調させる独特のスタイルの歌唱方法がホーメイである。

声に含まれている倍音の高音部を声帯の力で意識的に強調させて口笛に似た音を出し、舌や口腔を微妙に動かしたりしてハーモニクスを生成させる。それはまる で非常に声の高い人間と、非常に声の低い人間が同時に声を出しているかのように聞こえる。本国トゥバでは馬や豚や蛇の皮を張ったさまざまな楽器や、口琴などと共に演奏されるそうだ。

Huun Huur Tu
Creative Commons License photo credit: ppz

ホーメイは負荷を喉に加える事により声帯で倍音を生成させ、それを喉、口腔で道筋を作ってやり音階をコントロールするというものである。これら倍音 唱法の中でも特にトゥバのホーメイは倍音成分の抽出・表現方法のバリエーションが豊富だそうで、その分類の仕方は諸説あり、どれがスタンダードということ はないそうだ。ここではその中から3つほど簡単に説明することにする。

ホーメイの種類

まず「ホーメイ」はジャンルをさす場合にも用いられる言葉だが、「ホーメイ」の中にホーメイという喉歌の基本的 歌い方がある。これは喉の筋肉を緊張させて発声するもので、高音をあまり響かせず、静かで穏やかに歌う歌唱法だ。

次にスグットと呼ばれる歌唱法がある。これはホーメイと異なり、口笛のような鋭い高音を響かせる。さあっと吹き抜 ける風のような、爽快な歌唱法。

そして最後はカルグラ。これは喉の筋肉を緩めて発声し、地鳴りのような超低音を響かせる。私が想像するに、これは 人間が聞くことのできる周波数以下の音域の音を多分に含んでおり、それ故、人によっては相当の不和感を感じるのではないかと思う。その位とても人間の声と は思えないくらいの低い音を発生させる。

山川氏はこのホーメイと呼ばれる歌唱法を基軸にし、自らの身体を用いてパフォーマンスを行なう。

例えば電子聴診器や電気式人工喉頭、骨伝導マイクロ フォンといった医療機器を用い、ホーメイのテクノロジーによる新たな表現を模索、それに自らの心臓の鼓動速度をコントロールし、そのリズムを光の明滅に変 換させるなどのパフォーマンス的要因を組み合わせ、表現活動をしている。

これらの表現は空間と時間を支配する種類の表現であるため、一旦引き込まれると非 常に強い力で見るものに迫ってくる。しかもこれが人間の身体から展開されるものであるため、人間の根源的な何某かを体全体で感じさせられてしまうのだ。

そのため見るものにとっては時として非常に危険であるとさえいえる。
山川さんによれば、実際パフォーマンス中に気分が悪くなって会場を抜け出す人が、時としているという。人間にとっての基盤である身体をテーマに、ホーメイ と呼ばれる歌唱法と、心臓の鼓動音、つまり肉体性そのモノが空間全体を覆っている状態で、視覚、聴覚、さらには触覚(皮膚感覚)から情報を受け取るのであ るから、そういったことが起こってしまうのも無理はないだろう。

優れたアーティストの作品は言葉で説明する必要が全く無い、ということを山川氏のパフォーマンスを見て再認識させられた。ただ見さえすればわかる。それが 山川冬樹というアーティストだ。

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