技法を学ぶことは牢獄に入るということ

技法を学ぶことは牢獄に入るということ

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  • 投稿日時 || 2006年8月12日

工芸という分野に身をおいていますと、どうしても「伝統」みたいなもんがつきまとわってきます。 いや・・・違うな、どちらかと言うと伝承という意味に近いもので、技法ナリ、 作る方向性ナリ、造形思考(作るに際して、拠って立つ考え方)ナリが、旧態依然とした文脈のものを誰もが気づかないうちに強要されてしまう傾向にあります。そのため何かを「越える」、そして新たな価値観を、新たな物事の見方を創造するということが行われにくいところがあります。

なーぜでしょう?

一つにそれは「工芸」というものが技法の伝承からスタートしがちだということが挙げられましょう。 工芸素材、すなわち陶やガラス、金属、漆、など等工芸に用いられる素材は可塑性に富んだ素材ではない。

(工芸素材は、自由自在にカタチを作れる素材ではなくある種の制限がかかる素材だということ。可塑性素材とは例えば粘土だったり、樹脂だったり。) そのため工芸素材を加工するためには「技法」が必要です。

ある素材を用いて「こんなものが作りたい!!」と思ったとしましょ。
するとそこにはそういうものを作るための「技法」が必要となります。 が故に「技法」の習得が先決となります。そして様々な技法を学んでいく。。。
しかしこれが何か新しい造形の価値観を創造する際の障壁の一つであります。

写真
Creative Commons License photo credit: Thomas Hawk

なーぜか?

ある技法を学ぶってことは知らないうちに頭が鎖でがんじがらめにされるということ。ある規制の枠の中に閉じ込められるということでもあるわけです。
早い話が技法を学ぶってことは思考の牢獄に閉じ込められること。
技法とは一つではない。これをやりたいときはコレ、あれをやりたいときにはアレ、というように作りたいものに応じて数多くの技法が存在します。 逆を言えばAという技法でモノを作ると、Aという技法で作れるものしかできない。

美術大学のファイン系の学生の95%は何も新しいものを生み出しません。色々見ているとそんな気がする。 単純に表面の形がちょっとばかり違うだけで、本質的には今までの時代の亜流だったり、変化形だったりバリエーションに過ぎない。 形が違うだけで本質的、構造的には何も新しくはない。

では極端なたとえ話をひとつ。日産マーチとトヨタのノア、ワーゲンのビートルとオペルアストラ。
どれもぱっと見も、値段も性能もメーカーも違うわけですが どれをとっても「ただの車」。4つのタイヤで地面を走るという本質的なところは何も変わらない。美大のファイン系95%がやってるのはまさにこれ。バリエーションを増やしてるだけなんですね。

「どこでもドア」を作っているわけでもなく、空飛ぶ車を作っているわけでもなく、物理的に移動しなくてもその代替の効果が得られるものを作っているわけでもない。 何も新しい価値を創造しているわけではないのです。優れた芸術家というのは例外なく新しい価値を創造してきた。芸術家ではなく、政治家でも研究者でも経営者でも優れている人は皆そうです。

まあ新しいものが作りたいわけじゃないという人は別にかまわないし、そういう亜流の作品ってのは、今までの古い作品のバリエーションなので一般の人たちにも分かりやすいし売れやすい。(笑) ちなみにAという技法で、Bという技法で作れるようなものを造形する、という方向性は上手い事行けばオモロイものができたりできなかったり。

んじゃ、新しいものはどうやったらできるか?(正確に言えば新しい造形はどうしたら生まれるか?かなぁ)以上のように考えると分かりやすいのですが、 極端な話し、今ある技法では新しい表現ができないわけですから新しい技法を創り出しゃいいんです。 新しい技法は新しいカタチを生み、新しい思考、概念を必要とする。新しいものの見方、思考、概念なしに新しい技法は生まれない。生まれる素地が無い。 そこに趣味ではないアートが持ちうる価値があるような気がします。まあ大雑把に言えばですけど。

工芸という分野において技法とは、師匠から弟子へ、師匠から弟子へと連綿と受け継がれてきたものです。

前にとある職人さんの仕事を見学させてもらって疑問がわいたので質問したことがあります。「なぜそのようにするのですか?逆にこういう風にするとどうなるのですか?」 って。そしたら「師匠はそんなことしてなかったから僕もしたことが無い。だから分からないなー」 弟子は師匠の技を盗みそれをひたすら極める。師匠がやらなかったから僕もやらない。

技法を学ぶことを第一にしてしまうと、今までにあるどんなものでも作れてしまうからそれで満足してしまう。 技法を習得するということは、その属性として内在している思考方法、造形思考をも知らないうちに学んでいることになる。これが新しい価値を創造しようとしたと時の大きな足かせとなってしまいます。 技法とは牢獄。。ってことを知った上で技法を学ばないと危ないなあなんて思いますのです。

久しぶりってコトで長くなっちゃったなあ~。
布団じゃなくて座布団ってところだなあ。
失礼しました御免あそばせ。

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