美術作家は生きていけない。という前提

美術作家は生きていけない。という前提

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  • 投稿日時 || 2007年3月24日

急遽、ギャラリー田中さんにて作品を展示していただけることになりました。
金属の種蒔き」展。 有難い事です本当に。 今年3本目の展示になります。去年は9本の展覧会に出品しました。 すごいアバウトに言えば月1本弱のペース。今年は5月にも新宿でやりますので、すでに4本が決定しています。

写真
Creative Commons License photo credit: cmkalina

いったいお前は何が言いたいのだ? そんなに展覧会の数を自慢したいのか?
と思われることでしょう。いえいえ、そういうわけではありません。 自分にプレッシャーをかけ、貪欲に展示しようと思えば誰でもこの位の展覧会はできます。 そしてその多くの場合、人との繋がりがそれを可能にしてくれるのです。 有難いことに僕はほんとに周りの人たちに助けられてる。 ほんとうに私はまわりにいる人たちに恵まれているのです。

しかーし!! ここで逆説です。
いくら展覧会をこなしても作家としては生きていけません。 絶対に。 ちなみにいくらいい作品を作っても作家としては生きていけません。 確実に。そういう認識が我々若造には必要だなと、うすうす頭では気づいていましたが、展覧会を数こなしてきて、ようやく肌に染み付いてきました。 いやいや、僕の作品はすばらしい!!エクセレント!!って言ってるわけではなくて、上の世代を見ててそう思うわけです。

美術とは生業になりえていない

大雑把に言ってますが、「美術作家」(=作品を売って生計を立てる人)という存在が成立するシステムも土壌もこの日本にはないんです。 そりゃ見てくださる方々も大勢いるし、購入してくださる方もいます。 本当に美術が好きな方もいるし、若い作家を応援してやろうと思っている方もいらっしゃる。 でもそこ頼みにしては、とうてい生きてはいけません。 そういう方の絶対数が少なすぎる。これが私が体で体験した現実です。

さあ、それが現実なんだ。
とした上で、そこから考えないとどうにもならない。 逆にそこから考えると、いくらでも取るべき方法はあると思うのです。 それは旧態依然の美術作家のアプローチとは全く異なる形式になるという予感があります。

いかに美術・アート的なところで培った自分のスキルを、社会に対して還元できるのか?

今までそれは美術作品を作れる、という一点のみだったような気がします。
例えば私は学校で金属で作品を作っています。でもそこで培ったものは金属でモノを作れる、というスキルだけではないのです。素材に対するモノの見方だったり、デザイナーが決して知りえない金属の表情だったり、相手に何かを伝えること事がどれだけ大変なことかという認識だったり、ゼロから何某かを生み出すときのノウハウだったり、それこそ色々なスキルを磨いているはずなのです。
それを社会に還元する方法を見つけたとき、新たな作家像が形成されるであろうと考えています。

なんか雑多な感じになってきちゃったなぁ。
まあ、そんなこんなで、金工作品のマーケット開拓を目指して先輩作家3人と、ギャラリー田中さんによって「金属の種蒔き」展が開催されています。お時間あったらご覧ください。

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