工芸誕生秘話-双子の兄=美術-

工芸誕生秘話-双子の兄=美術-

  • 最終更新日 || 2010/09/07

day 130
Creative Commons License photo credit: Liz(byday)

工芸ってなんだ?ということでまずはその生い立ちから見ていきます。

美術も工芸も翻訳語

世の中には数え切れないほど色々な言葉がありますがそのほとんどは若い言葉。現在よく使われている日本語の多くは、明治維新後に作られた言葉たち。自由、社会、個人、文化、建築などなど挙げていけばきりがないない。これは明治維新=外国との出会い、によってそれまでの日本になかった海外の概念、言葉を日本語にするために多くの翻訳語が作られたためです。

「工芸」って言葉も「美術」って言葉も明治維新後に作られた言葉

1873年(明治6年)にウィーン万博が開かれた際、日本も「じゃあ出してみんべー」
と思って向こうの出品規定をみたら、ドイツ語の「Kunstgewerbe」っていう展示コーナーがあって「なんじゃこりゃ?何を出したらよかと?」ってことになった。

この「Kunstgewerbe」って言葉は今で言う「芸術」に近い言葉だったんだけど、当時の日本語にはそういった言葉が無くて。。つまりそういう概念自体が無かったわけ。しょーがないから新しく言葉創らなきゃってな感じで作ったのが「美術」ってことばだったんですね。

美術=芸術だった

ここで注意すべきは「美術」=「芸術」という意味で使われてたって事。

ご存知の通り現代では、音楽は美術とは言わないし、詩を美術とは言ったりしない
言われりゃたしかにそうだと思いますが、じゃあ何で言わないのか?

いま現在「美術」という言葉は「視覚芸術」、つまり目で見る芸術という意味のことば。だから生活で使用するお金とか、絵の描かれた花瓶とかは美術とは言わないんですねー。(まぁ現実には簡単に言い切れないトコもありますが・・)

産声を上げたばかりの「美術」は今の「美術」よりもより広範な範囲を指し示す言葉だったんです。今で言う「芸術」という意味に近かったわけ。

混沌たる美術

さて「美術」という言葉は、翻訳語として生まれたわけでありますが、この生まれたばかりの「美術」というジャンルは彫像術(今の彫刻)をヒエラルキーの頂点に置き、書画(今の絵画)・・・・という6つに細分されておりました。要するに彫刻が一番えらいんだぞぉ!!って話。

The noble army of the martyrs praise thee
Creative Commons License photo credit: Nick in exsilio

ちなみに今は絵画が一番上等なアートとされております。
誰がいったか知らないが、欧米ではそういうヒエラルキーだそうですよ。それもなんだかねえ。

まぁそれはひとまず置いておいて、上記の事はウィーン万博の時に日本政府が翻訳した出品規定に書いてございます。ここでおもしろく、かつ重要な事実を一つ。

内国勧業博覧会での美術

このウィーン万博の次の年に内国勧業博覧会ってなモンが開かれました。これは文明開化を目的に行なった日本での政府プロデュースの博覧会。

この展覧会に産声あげたばかりの「美術」って出品ブースが用意されたのですが、この「美術」の中の「書画」、つまり今で言う「絵画」のカテゴリーに、絵のかかれた花瓶をはじめとし、蒔絵や漆絵などが出品されていました。絵が描かれてさえいればなんでもいい!!みたいな感じ。

そして「彫像術」
つまり今で言うところの彫刻の分野では、石碑や貨幣など、何かしらの彫り物がされていればなんでも「彫像術」とされたそうです。貨幣は美術?石碑はアート?

こんな感じで、よちよち歩きを始めた「美術」には、今では考えられないようなジャンルのものが出品されており、それは混沌を極めていたわけであります。

1873年ウィーン万博の日本館

「美術」は「工芸」だった??

さて、生まれたばかりの「美術」というカテゴリーの中には、今では考えられないような漆絵だとか、蒔絵だとか、花瓶に描かれた絵だったりとかが含まれていた、というところまで話しました。

勘の鋭い方は気づかれたかもしれませんが、この、今では考えられないような出品物って実は今日で言うところの「工芸」なんですね。というより「美術」という語が示していたのは今日の「工芸」と呼ばれるようなモノ達だったといった方が明快です。

(このコーナーでは正確さより分かりやすさ重視ですので詳しく知りたい方は→近代日本における「工芸」概念の形成過程)

日本の芸術は生活の中に存在

Makie
Creative Commons License photo credit: hakluyt

絵のかかれた花瓶、蒔絵、漆絵など等・・・。

今ではたいていの場合工芸って呼ばれるものが美術っていうジャンルの中に存在してたんです。こいつらは基本的に目で見て楽しむことに特化されたものではなくて、実生活の中で使われる事を前提に、美しく作られたモノたち。

そう、誕生したときの「美術ってのは実は工芸を含む概念」だった。というより「美術」誕生の時代には、今日で言うところの「美術」「アート」みたいな考えの下に制作された作品は日本にはなかったわけ。ツマリ・・・ちょー大雑把に言ってしまうと当時は「美術」=「工芸」であったわけです。

現実世界から独立して存在する美術

西欧で言うところの『美術』は日本には存在しなかった。
どういうことかというと、美術誕生以前の日本には見るためだけに作られた、実生活から完全に切り離されたモノってのはなかったんです。

中学校とかの美術の教科書に出てくる日本画ってありますよね。あれなんかも掛け軸として、床の間(元々は仏壇の代わりとしてできた)の空間を構成するために描かれた物で、生活と密接に関わっている。視覚だけで純粋に成立するようなモノ、というようなモノの種類はそもそも日本にはなかったんです。

美術とは現実世界から完全に独立した見るためだけのもの

ここまで美術と工芸の歴史についてみることで美術がどういうものかが分かってきます。つまり美術とは、現実世界から切り離された見るためだけに存在する芸術のことをいうのです。

もちろんこう断言してしまうことは危険ですが、モノづくりの立場の人間からすると、実生活、現実世界と完全に独立した、見ることだけを目的として作られるモノ、作品それ自体で世界が完結するようなモノという考え方を過去の芸術作品と呼ばれるものから感じ取るのはなかなか難しい。

それに、見ることに特化され「鑑賞」という行為によってのみ存在するモノのあり方、という考え方なしにそういった種類のモノを作るということはありえないという感じもいたします。

まぁそんなこんなで、、、じゃあどのようにして現在の「美術」というのは成立したのか?言い換えればどのようにして「美術」と「工芸」は分離・独立したんでしょうか?

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